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泣けない女の話。

 

 

自分で決めたことだから、泣けない。そんな時にね、あなたは恋の辛さを知ることになるのよ。どうか、そんな私に「合理的」なんて、そんな感情を使わないで。ちゃんとわかっているから。大好きな人と元気で互いに暮らせていれば、悲しいことなんてきっとないこと。

 

ーBGM やさしい気持ち / chara

 

アラサーだけどね。

洋菓子屋さんで、ケーキを3つ買った。1回トングで取ってもらったものを、別のケーキに変えてもらった。優柔不断なのだ。それでも、おばさんは優しかった。自転車で帰るから取っ手のある袋にいれてくださいとお願いした。お会計の時、おばさんはにっこり微笑んで「今ならカードにポイントがつくけど、学生さんだから現金でいいわよね。」と言った。おばさんの優しい決めつけには逆らえない。ネイビーのダッフルコートを着てリュックを背負った私がいけない。ケーキの注文さえも落ち着いてできない私が、20そこそこの若輩者と思われたってしょうがない。自分で思っているほど、私は全然成長していない。

言の葉。

誰かに向けた手紙や恋文を、思わず色んな人に公開したくなる時がある。誰かを想って書いたそれは、不思議と言葉のリズムが良くて、思いもよらぬ言い回しが生まれて、何度も読み返したくなってしまう。なんなら、自分の手もとで大切にしておきたいくらい。それが相手の心に後世どれだけ残ってくれるのか、そんなことわかりはしないけど、その時の気持ちぐらいをいつかどこかで思い出して、そして "くすっ"としてくれたなら。

好きと名乗る権利。

バウムクーヘンの断面を眺めながら、その地層の境界線に潜りこもうと試みる。なだらかな曲線が生み出す不規則なひとつひとつの地層を、はがしたくてたまらなくなるのだけれど、ぺりーっと、日焼けした腕の皮をめくるような快感を得たことは未だかつてない。どうしても自分の指がスコップのようになって、ほじくるに近い感触になってしまう。だから「はがして食べるのが好き」なんてうそぶく自称バウム好きを、私は決して信じていない。

小さな男の子。

甥っ子が「しょこたん、遊ぼ。」という。彼は私のことを「おばさん」と言わないカワイイ奴なのだ。せっかく大阪からやって来ているのだから、一緒に遊びたいのはやまやまだけど、私もいち社会人。この週末にやってしまわねばならぬことが残っていた。

「ごめんな、今日は忙しいねん。パソコンせなあかんねん。」

しょこたん、忙しいの?」

「そう、あやとは遊ぶので忙しいやろ?しょこたんは仕事で忙しいねん。」

「うん、わかった!しょこたん忙しいもんなあ。」

なんて物わかりのよい人間なのか…。あまりにも素直だったので、私は夕方には仕事を切り上げ、一緒にお風呂に入り、夜ご飯の団らんまで実家で過ごすことに決めた。私が帰る時間になった頃、バイバイの挨拶をしていたら、彼はおもむろにピコ太郎のモノマネを始めた。なんてこった。私の気を引いている…。この小さな体からほとばしるけなげさ。会うたびに、少しずつ大きくなる彼のことを、私はやっぱり好きだなあと思う。

 

理由。

お気に入りの本屋が私のアパートの川向こうにある。そこに橋がかかっていれば、5分もかからず行けるのに、U字を描くように、遠くにかかった橋を通ってぐるっと自転車で本屋にむかった。小学校に通学していた時、谷向こうの我が家をみながら「鳥になりたい」とよく思ったものだ。せめて10秒だけは飛ぶ権利とか、合言葉を唱えると橋が現れるシステムとか、そんなことをせっせと空想していた。だから山の神さまって鳥とか天狗の形をしているのかもって話を聞いたことがある。目的もないけれど、なにか買いたくなって、そして買った。そういう時の気持ちをちゃんと満たしてくれるから、お気に入り。

朝の話。

 

日々、悩みは尽きない。

今朝はなんだかアイスコーヒーが飲みたくて、いつものルボワールはやめて自販機で買うことに決める。「香るブラック」か、はたまた「世界のバリスタ」か、ふたつのタイトルで散々悩んで、私は50mほど離れるコカ・コーラダイドードリンコの自販機を行き来する。なんだろう、この小物感漂う小さな悩みは。すっかり、この資本主義という社会に翻弄されている。事務所に着いて、窓を開けてコーヒーの冷たいやつを飲んでいたら、一瞬で身体が冷える。寒い。どうして私はアイスコーヒーを買ってしまったのか。自分の小物感がぬぐえぬ冬の朝。